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特別展「本阿弥光悦の大宇宙」

章構成

  • ※展示期間の表記のない作品は通期展示を予定しています。

1

本阿弥家の家職かしょく法華ほっけ信仰
―光悦芸術の源泉

光悦は刀剣の研磨けんま鑑定かんていなどを家職とする本阿弥家に生まれました。刀剣の価値を引き出し見定める審美眼しんびがんと刀剣を介した人脈が、光悦の後半生に展開される多彩な芸術活動の背景にあります。そして、本阿弥家は日蓮法華宗に深く帰依きえし、光悦もまた熱心な法華信徒でした。光悦が晩年に京都・鷹峯たかがみねにひらいた光悦村には、法華信仰で結ばれた様々な美術工芸分野の職人たちが集ったとみられます。本章では、本阿弥家の家職と信仰に関わる品々を通して、光悦芸術の源泉を紹介します。

『法華経』第8巻・巻首
[『法華経』第8巻・巻首]
重要文化財
きんきょうならびにかいけつ
平安時代・11世紀
京都・本法寺蔵

※会期中、部分巻替えがあります。

法華経ほけきょう』8巻と開経かいきょう無量義経むりょうぎきょう』、結経けっきょう観普賢経かんふげんきょう』とあわせて10巻1具を完備します。
光悦が記した寄進状には「道風之法華経」とあって、「三跡」で知られる小野道風(おののとうふう・894~966)筆とされていたことがわかり、平安時代中期の書写と考えられます。光悦が一門の菩提寺・本法寺に経箱とともに寄進したもので、極めて篤い信仰心がうかがえます。

短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形見
重要美術品
たんとう 銘 かねうじ きんぞうがん はながた
志津兼氏
鎌倉~南北朝時代・14世紀
(刀装)刻鞘変り塗忍ぶ草蒔絵合口腰刀
(刀装)きざみざやかわぬりしのぐさまきあいくちこしがたな
江戸時代・17世紀

志津兼氏しづかねうじ地鉄じがね刃文はもんを強調した作風で名高い刀工。本作は光悦の指料さしりょうと伝わる唯一の刀剣で、注目はなかごにある花形見の金象嵌です。そして、こしらえ(刀身をおさめる刀装とうそう)は鮮やかな朱漆しゅうるし塗りのさやに金蒔絵で忍ぶ草を全体に表わした華麗なものです。花形見の金象嵌と忍ぶ草の金蒔絵、その言葉や意匠の意味を読み解くと、光悦の秘めた想いがみえてきます。

刀 金象嵌銘 江磨上 光徳(花押)(名物 北野江)
かたな きんぞうがんめい ごうすりあげ こうとくおう
めいぶつ きたごう
郷(江)義弘
鎌倉〜南北朝時代・14世紀
東京国立博物館蔵

郷(江)義弘ごうのよしひろは本阿弥家により別格に高く評価された刀工です。光悦が仕えた加賀藩主・前田家に伝来し、「北野江」の号は前田利常が京都・北野天満宮のほとりで本作を試し斬りしたことに由来します。茎には本阿弥光徳の金象嵌銘があり、その銘字は光悦の筆になると伝わります。数少ない江の作刀に、さらに光悦の書という希少価値が加えられた、唯一無二の存在です。

2

謡本うたいぼんと光悦蒔絵まきえ
炸裂さくれつする言葉とかたち

繊細な蒔絵のわざに大きな鉛板なまりいたを持ち込み、華麗な螺鈿らでんを自在に用いる大胆な造形が、近世初頭に突如として出現します。俵屋宗達たわらやそうたつ風の意匠をもち、融通無碍ゆうずうむげな魅力を放つこれら一連の漆工作品は、現在「光悦蒔絵」と称されています。そこには、本阿弥光悦が何らかの形で関与したと考えられているからです。独特の表現やモチーフの背後には、とくに光悦が深くたしなんだ謡曲ようきょくの文化があったことをうかがわせます。斬新な形態にいたる造形の流れと、それを読み解く豊饒ほうじょうな文学世界から、あらためて「光悦蒔絵」の姿を照射します。

舟橋蒔絵硯箱
舟橋蒔絵硯箱[側面]
[側面]
国宝
ふなばしまきすずりばこ
本阿弥光悦作
江戸時代・17世紀
東京国立博物館蔵

金地のかがやきに黒々とした鉛、形態の破裂しそうな膨張感は、文房具としての常識を逸脱した異様な姿です。「舟橋」の意匠には、光悦流の銀板ぎんばん文字が躍るように散らされています。さながら光悦の和歌色紙わかしきしを立体化したような造形で、当時の所用者は「舟橋」の和歌やその背後の物語が、光悦の手で演出された新鮮なものに感じられたのではないでしょうか。

花唐草文螺鈿経箱
重要文化財
はなからくさもんでんきょうばこ
本阿弥光悦作
江戸時代・17世紀
京都・本法寺蔵

本阿弥一門の菩提寺である本法寺に、光悦は法華経 ならびに 開結かいけち10巻1具および青貝の箱を寄進しています。本作はこれにあたると考えられ、漆工品において資料の上で光悦自身と直接結びつけることのできる唯一の作例です。当時流行していた朝鮮王朝時代風の螺鈿表現を基調としながら、「法華経」の文字を中心に、やわらかく律動的に翻転ほんてんする独自の意匠が生み出されています。

舞楽蒔絵硯箱
重要文化財
がくまきすずりばこ
江戸時代・17世紀
東京国立博物館蔵

蓋表には鳥兜とりかぶとを被った舞人ぶじんを描き、蓋裏には扇と舞楽装束を配しています。対象に近接した構図や鉛板象嵌なまりいたぞうがんなどの特徴は国宝「舟橋蒔絵硯箱」とも共通する一方、緻密で多彩な技法と素材が駆使された密度の濃い装飾は、また別の制作環境に属するものと見えます。「光悦蒔絵」と称されてきた作品群の多様性をうかがわせる興味深い作例です。

3

光悦の筆線と字姿
―二次元空間の妙技

斬新な図案の料紙りょうしを用いた和歌巻に代表される光悦の書は、肥痩をきかせた筆線の抑揚と、下絵に呼応した巧みな散らし書きで知られます。しかし光悦の書の特質は、大胆な装飾性だけではありません。鋭く張りつめた筆致で書写された日蓮法華宗関係の書は、光悦の真摯な信仰を反映しています。書状に見られる潤い豊かな線質は、光悦の天性を感じさせる一方、晩年に顕著となる筆を傾けた書き方は、中風との格闘の跡と考えられます。本章では、多彩な表情を見せる筆線と字姿を通じて、能書とうたわれた光悦の、生身の表現力をご覧いただきます。

鶴下絵三十六歌仙和歌巻(部分)
鶴下絵三十六歌仙和歌巻(部分)
(部分)
重要文化財
つるしたさんじゅうろっせんかん
本阿弥光悦筆/俵屋宗達下絵
江戸時代・17世紀
京都国立博物館蔵

飛び渡る鶴の群れを金銀泥きんぎんでいで描いた料紙に、平安時代までの三十六歌仙の和歌を散らし書きした一巻です。鶴の上昇と下降、群れの密度に合わせて、字形と字配りを巧みに変化させています。俵屋宗達筆とされる下絵と協調し、あるいは競い合うように展開するその書は、光悦が最も充実した作風を示した時期の代表作と評されています。

蓮下絵百人一首和歌巻断簡
はすしたひゃくにんいっしゅかんだんかん
本阿弥光悦筆
江戸時代・17世紀
東京国立博物館蔵

法華信徒にとって特別な意味を持つ蓮を描いた料紙に、光悦が小倉百人一首を揮毫きごうした和歌巻の断簡です。深く透明感のある文字の墨色が、鉛色なまりいろを呈する蓮華れんげと調和し、静謐せいひつな景色をつくり出しています。もとは100首の和歌を完備する長大な作品でしたが、うち60首分が関東大震災で焼失し、残る断簡(切断された一部)が各所に分蔵されています。

4

光悦茶碗―土の刀剣

口づくりや腰、高台こうだいの形はさまざまで、定型のない個性的な光悦の茶碗。大胆にへら削りを残していたり、ざらざらとした素地の土そのままであったり、一碗一碗じつに表情豊かです。太平の世を迎えた江戸時代初頭にあって、光悦は元和元年(1615)鷹峯の地を拝領した頃より、樂家2代・常慶じょうけいとその子道入どうにゅうとの交遊のなかで茶碗制作を行なったと考えられています。いまなお圧倒的な存在感を放つ名碗の数々から、その創造の軌跡きせきをたどります。

黒楽茶碗 銘 時雨
重要文化財
くろらくちゃわん 銘 時雨しぐれ
本阿弥光悦作
江戸時代・17世紀
名古屋市博物館蔵

楽茶碗は、手づくねで成形し、箆で削り込んでつくりあげていきます。光悦が手がけたとされる茶碗には、それぞれ各所に光悦自身の手の動きを感じさせるような作為が認められますが、本作品ではそれが抑えられ、全体に静謐せいひつな印象を与えます。名古屋の数寄者・森川如春庵もりかわにょしゅんあんが16歳の若さで手にしたことでも知られています。

赤楽茶碗 銘 加賀
重要文化財
あからくちゃわん 銘
本阿弥光悦作
江戸時代・17世紀
京都・相国寺蔵

腰が張った筒形で、胴には縦方向の大胆な箆削りが入っています。また、釉を筆で何度も塗り重ねて白と赤を表現した様子がみてとれます。光悦の茶碗のなかでも、装飾的と評されるほど強い作為を感じさせます。付属の箱書きによると、加賀の名は裏千家4代・仙叟宗室せんそうそうしつが前田家に仕官していた折に所持していたことから付いたと伝わります。

赤楽兎文香合
重要文化財
あからくうさぎもんこうごう
本阿弥光悦作
江戸時代・17世紀
東京・出光美術館蔵

光悦作の香合のなかで出色の出来と評される作品。蓋表に白土と黒の上絵具うわえのぐで草むらを駆ける兎の姿を表わしています。箆でざくざくと大胆に削り、スピードをもって筆を走らせる様子が目に浮かぶようです。茶人として知られた江戸時代後期の松江藩主・松平不昧まつだいらふまいと、近代数寄者として名を馳せた原三渓はらさんけい旧蔵品です。